太平洋戦争が終わった日の8月15日、鹿児島県南九州市の知覧町で、平和をテーマにしたスピーチの大会がありました。
知覧町には、太平洋戦争の終わりごろ日本の軍の基地がありました。爆弾を積んだ飛行機でアメリカの軍の船にぶつかる特攻隊がここから出発して、439人の若い人が亡くなりました。
スピーチで、鹿児島県の中学3年生の鮫島杏佳さんは「私たちは、あしたの夢を考えることができる今を生きています。この大切な今が世界中に広がっていくための行動をしなければなりません」と話しました。
熊本県の高校3年生の左座青空さんは、曽祖母が長崎に落とされた原爆の「きのこ雲」を見ました。左座さんは「私たちは戦争のひどさや悲しさを知っています。私たちができることは、戦争をしてはいけないと世界に伝え続けることです」と話しました。

8月15日,太平洋战争结束的那一天,以和平为主题的演讲比赛在鹿儿岛县南九州市知兰町举行。
奇兰在太平洋战争结束时为日本建立了军事基地。 当一个特别攻击中队用一架装有炸弹的飞机击中一艘美国军舰时,439 名年轻人丧生。
鹿儿岛县初中三年级学生Anka Samejima在演讲中说:“我们生活在一个可以思考明天梦想的当下,我们必须采取行动,将这份珍贵的礼物传播到世界各地。
熊本县高中三年级学生青佐拉·佐佐(Aozora Saoza)看到了曾祖母投在长崎的原子弹的“蘑菇云”。 “我们知道战争的严重性和可悲性,我们能做的就是继续告诉世界我们不应该发动战争,”他说。