沖縄県では第2次世界大戦で20万人以上が亡くなりました。これは、そのとき沖縄県に住んでいた人の25%です。沖縄県は、日本の軍が沖縄で戦いをやめた6月23日を「慰霊の日」にしています。
78年前に激しい戦いがあった糸満市の平和祈念公園では、亡くなった人のために祈る式がありました。岸田総理大臣や沖縄県の玉城知事、亡くなった人の家族などが出席しました。
糸満市にある「魂魄の塔」にも、亡くなった人の家族などが祈りに来ました。この塔には、近くで亡くなった約3万5000人の骨が埋めてあります。1946年に沖縄県で初めてできた、戦争で亡くなった人のための塔です。
戦争で両親が亡くなった83歳の男性は「母の骨がないので、ここに母がいると思って来ています。撃たれて亡くなった母の背中をたたいて泣いていたことを覚えています」と話していました。

在冲绳县,超过20万人在第二次世界大战中丧生。 这是当时居住在冲绳的人口的25%。 冲绳县将日军停止在冲绳作战的6月23日定为“纪念日”。
在78年前发生激烈战斗的糸满市和平纪念公园,有一个仪式为死者祈祷。 岸田首相、冲绳县知事玉木及遇难者家属出席了会议。
在糸满市的“Konpaku-no-p塔”,死者的家人前来祈祷。 该塔包含附近死亡的约35,000人的骨头。 这是1946年在冲绳县为战争中死难者建造的第一座塔。
一位父母在战争中丧生的83岁老人说:“我来到这里以为我母亲在这里,因为我没有我母亲的骨头,我记得当我拍打被枪杀后死亡的母亲的背时,我哭了。