源平の争乱: 平氏政権の全盛も長くは続かず、地方
源平の争乱: 平氏政権の全盛も長くは続かず、地方の武士団や都の貴族?大寺院の中には、平清盛の専制に対する不満が渦巻きはじめた。1180年、この情勢を見た後白河法皇の皇子以仁王(1151~1180)と摂津源氏の源頼政(1105~1180)は、平氏打倒の兵をあげ、決起を呼びかける王の命令を諸国の武士に伝えた。これに応じて、伊豆に流されていた源頼朝(1147~1199)や、信濃の木曽谷に隠れていた源義仲(1154~1184)をはじめ各地の武士団が次々と立ち上がり、大寺院の僧兵もこれに応じて、ついに内乱が全国的に広まった(治承?寿永の乱)。内乱の大きな力となったのは地方の武士団の動きで、彼らは国司や荘園領主に対抗して所領の支配権を強化?拡大しようとつとめ、新たな体制を求めていた。
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