このような一連の政策に批判的になった憲政党は、当
このような一連の政策に批判的になった憲政党は、当時、政党結成を目指していた伊藤博文に接近し、解党して伊藤とともに、1900(明治33)年に立憲政友会を結成した。伊藤は政友会をひきいて、同年第4次内閣を組織したが、今度は貴族院の反対に苦しめられて退陣し、1901年に第1次桂内閣が成立した。これ以後桂太郎(1847~1913)の率いる官僚?貴族院勢力と、伊藤のあとをうけた西園寺公望(1849~1940)を総裁とする政友会とが政界を2分した。山県や伊藤は政界の第一線から退いて、非公式に天皇を補佐する元老として内閣の背後から影響力を行使していった。
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