こうした一連の国際協定は、世界平和と太
こうした一連の国際協定は、世界平和と太平洋?東アジア地域における列国間の協調を目指したもので、この新しい国際秩序は、ワシントン体制と呼ばれた。立憲政友会の高橋是清内閣はこれを積極的に受け入れ、協調外交の基礎を作った。国内では軍部や野党の一部に反対はあったが、続く加藤内閣と山本内閣も協調外交を引き継ぎ、1924(大正13)年に加藤高明(1860~1926)内閣が成立すると、協調外交に批判的であった憲政会も同調し、幣原喜重郎外相のもとに幣原外交と呼ばれる協調外交を進めていった。また、海軍軍縮に続いて陸軍でも軍備縮小が試みられ、師団の削減と兵器の近代化が行われたが、米?英?ソ3国との関係改善に成功した第一次世界大戦後の日本外交も、日中関係の安定化には成功しなかった。
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