こうした中で、大和政権は、6世紀
こうした中で、大和政権は、6世紀初めに起こった筑紫国造磐井の反乱を鎮め、屯倉や名代の部を各地に置くなどして、地方に対する支配を強めていった。しかし、それとともに、大和政権を作っていた豪族たちも、多くの土地?農民を支配して勢いを強めるようになり、豪族同士の対立が激しくなった。6世紀初めの継体天皇の朝廷で勢いのあった大連の大伴氏は、朝鮮半島に対する政策の失敗によってやがて勢力を失い、6世紀中ごろの欽明天皇の時には、新たに勢いを強めてきた大臣の蘇我氏と、大連の物部氏とが対立するようになった。当時、中央では品部の組織を整え、政治機構を充実しようとする動きが進んでいたが、蘇我氏は渡来人と結ぶことによって朝廷の財政権を握り、政治機構を整える動きを積極的に進めた。
换一下